アンソロジー vol.1 / Anthology vol.1

 1、ルークウオームウオーター / Lukewarm Water

 2、都市の情景 / the City Stays

 3、ゼンマイ仕掛け / Clockwork

 4、お伽世界 / Adore this

 5、未完成四重唱 / Unfinished quartett

 6、憧れのエーデルワイス / Edelweiss

 7、空飛ぶコクゾウ / Anti-grounded KOKUZO

 8、海の情景 / the Ocean Stays

2002年作 Gohan Records GBK-001

 

まさか、こういう展開になるとは思わなかった...。


  1999年11月。新居に移ってからずっとダンボールにしまい込んでいた昔のライブテープ等の整理に悩んでいた。それを知った沼津の中古CDショップの店長神谷典行氏(彼は前作”狂暴な音楽”でキーボードを担当)は、以前からの美狂乱マニアということもあり、それを(年代も)しっかり整理、管理する事を承諾してくれた。そのテープをさわり程度だが聞いているうちにアレンジ面が気になりだし、第2期美狂乱は未発表曲も多少あったので、それらをしっかりアレンジし直してスタジオ版として蘇らせようと思い立ったのがそもそもの始まりだった。
 しかし、当時の記憶は全く無く(歌詞すら覚えていない...。)頼れるものは音質の悪い何本かのライブテープのみだった。入り込むうちに次第にその記憶が蘇り、その当時の状態は再現できるまでになったが、昔の状態を意識せずに現在の自分を信じてアレンジしていく事を心掛けた。ただ、歌メロや曲構成は当時のままにしておきたかった。全7曲のアレンジが出来上がった時点で、当時のメンバー(ベース吉永、ドラム佐藤、キーボード久野、ヴァイオリン杉田)にその主旨を説明して参加を呼び掛けたが、難関はドラマー佐藤正治だった。彼は現在名実共に超一流ドラマーとしてかなりのハードスケジュールを抱えて仕事をこなしていたからだ。それに彼は、設備のままならないプライベートスタジオの録音作業や20年前の演奏なんかには興味がないんじゃないかと心配だった。とにかく、今録音出来ている分(ギターと歌の仮録音、あとはMIDIデータ)を送付してからの返事待ちという事にした。本気で動いている事を察してか、メンバー全員快い返事が返ってきたのは嬉しかった。


杉田(奥平)孝子(ターコ)は、2001年1月8日、長い闘病生活の末、ガンが心臓に転移し逝ってしまった。彼女は、私が新居に移り住んだ直後に御主人と子供さんと3人で遊びに来た。最近は体調も良く病院から外出許可が降りたということだった。たまに息を切らせてはいたが、顔色も良かったので私は全快するものと思っていた。「美狂乱Anthology vol.1」はぜひ実現させてほしいが、体調的にも昔のようなパワーはないので参加できないと言ってはいたが、私はせめて1曲だけでも(半ば強制的にでも)参加させるつもりで計画していた。その後も、自宅へお見舞いに行ったり、私の妻とは何度も電話で話し合ったりしていたが、1月8日の朝方、永眠された。その厳粛な葬儀にはメンバー全員立ち会い、号泣した。

 ベーシスト吉永は長く弾いていないので迷惑をかけるし、仕事の関係等の諸事情で参加できそうにないという事で途中リタイアしてしまった。(彼はそれでも私のスタジオの配線廻り全てを工事、点検してくれた。感謝、感謝!)

 私の息子は、私の念願の夢を果たしてくれる年になった。自らの意志で音楽に取り組み、その感情をストレートに表現できるまでになった彼を見ると頼もしくもある。それに、彼の周りには多種多様なプレイヤーがたくさんいた。その中からチェリストの陽君とホルン奏者の福川君を家に招待し2日間のレコーディングに取りかかった。みんな初レコーディング。オーケストラではご法度の、ヘッドフォンをしてクリックを聞きながらの録音だったが何とか録り終えた。

 彼等が帰った後から本格的にギターの録音に取りかかった。(現在の環境は最高。好きな時に好きなだけ、好きなように実験できる、正に夢のような状態だ) 2001年2月24日、念願の佐藤正治と久野真澄が我が家へ来た。今回はスタジオの下見程度ということで、一応タイコは持ってきたが殆どの時間をリビングで過ごしコミュニケートした。しかし、最後の数時間はスタジオへ入って軽く「都市の情景」を合わせた。中盤の即興演奏部分で良いテイクが録れた。狭いスタジオだけれど、ドラムセットはフルポイントで録音したが、結構分離感が良くそのままOKテイクとした。ん〜。この短時間で入り込んだ叩きっぷりは、一流のそれだ。昔のような出突っぱりなところもなく、バック演奏をしっかり聞きながら反応するドラミングはさすがだった。


 それから2ヶ月半後、2001年5月2日、ゴールデンウィークを利用してスケジュール調整をしてくれた佐藤と久野が1週間来宅。本格的な録音体制でスタジオに入った。しかも当日、彼の好意にしているレコーディングエンジニア、赤川氏が多忙な中マイクセッティングの調整に駆けつけてくれた。
 赤川氏は、自社(株)Stripを立ち上げ多方面で活躍しているトップレベルのレコーディングエンジニアで、“サウンド&レコーディング”誌に毎号コラムを持つ実力派だ。(デジタル録音全般に恐ろしく詳しい知識を持っている。)嬉しい事に、美狂乱を気に入ってくれた彼は、ミキシングエンジニアを担当してくれる事になったのだ。(2日間の滞在中、妻が料理に腕を振るった事は言わずもがな...)しかも、多忙な佐藤正治がその経験を生かしプロデューサーとして音をまとめ上げてくれる事になった。さらに久野真澄は、自社内に音楽レーベルを立ち上げ製作資金を調達してくれるという、正に私にとっては願ってもない事態となって、曇っていた先が全て見渡せる状態を迎えたのだった。

 7月にはメロトロンが我が家に来て音源を全て差し換えた。つたないベースも佐藤のドラミングに合わせて再度レコーディングし直した。残念だったのは、マリンバ及びティンパニーを「五蘊」の時期のドラマー影島俊二と差し換えられなかった事だ。(彼は東北の大学院で勉学に勤しんでいた。現在は卒業し地元へ帰ってきているので次回作の参加を約束した。)


 2001年12月25日、いよいよ最終mixを赤川Stripで決行。すでにエンジニア赤川氏にはキッチリしたイメージがあり、トラブルもなく作業はスムーズに進行した。
 個人的に心配していた「コクゾウ」の中盤インプロ部分の処理では、素晴らしいエンジニアさばきを見せて、その腕前にえらく感心した。

 

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